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【宇宙大学】ECLSS(エクルス)が開く宇宙居住の未来/JAXA宇宙航空研究開発機構 桜井 誠人氏


JAXA特別講演として、宇宙航空研究開発機構(JAXA)研究開発部門 研究領域主幹の桜井 誠人氏にご講演いただきました。

空気再生、水再生、廃棄物処理などの物質循環は、宇宙で生活するには欠かせない技術で、近年、地球上でも注目されています。桜井先生は、これらの技術「ECLSS(エクルス)」の第一人者です。

サバチエ反応は、二酸化炭素からメタンガス(都市ガス)をつくる技術として採用されています。

また、空気再生技術は国立大学の共通試験にも登場したということで、ECLSSは今後ますます注目される技術になると思います。

講師からのメッセージ

人類は、地球低軌道から月軌道へと生存圏を拡大しようとしています。

人間は一日に600リットル程度の酸素を呼吸し、同体積程度の二酸化炭素を排出しています。
水は一日2.5リットルほど飲料しています。

酸素製造、二酸化炭素除去、空気再生など人間が生存できる環境を維持するシステムは環境制御・生命維持システム「ECLSS(エクルス)」と呼ばれています。
※ECLSS: Environmental Controll Life Support System

生命維持の根幹である水と空気、および廃棄物処理などに関して物質循環の観点から解説します。

桜井先生との思い出ワンシーン


こちらの画像は、2023年に桜井先生が練馬のぶんかサイエンスカフェで「宇宙で生きる 宇宙居住と物質循環」というテーマで講演された時の、終了後の1枚です。(撮影:宇宙大学スタッフ)

記念写真を撮ろうとしたら、桜井先生が急いでカバンからJAXAのロゴ入りシャツを取り出し、少年に着せてあげたできごとが心に残っています。

シャツは1枚しかなかったのですが、この後、左の少年も桜井先生自ら着せてあげ、写真を撮りました。

桜井先生と少年たちの、いたずらっ子のような笑顔がとてもおちゃめな1枚を撮ることができました!

今回の宇宙大学とは関係ないのですが、桜井先生の親しみのあるお人柄が感じられる1枚としてご紹介します。

第110回 気づくセミナー 宇宙大学

■開催日:2024年6月7日(金)

■講演タイトル:ECLSS(エクルス)が開く宇宙居住の未来 宇宙基地を地球環境問題のテストベットに、空気・水再生、廃棄物処理などの物質循環

■告知ページ:https://peatix.com/event/3893948

■講演者:桜井 誠人(さくらい まさと)氏
宇宙航空研究開発機構(JAXA)研究開発部門 研究領域主幹

アーカイブ動画を見る方法

今回の講演のアーカイブ動画は、Peatixから申し込まれた方のみご覧いただける限定公開ですので、以下からお申し込みください。終了しました。

講演の内容

ECLSS(エクルス)とは?
人間の標準的な代謝エネルギー
地上での光合成
宇宙空間だと二酸化炭素から酸素をつくる
日本実験モジュール「きぼう」の概要
国際宇宙ステーション(ISS)の概要
ISSの酸素製造器
回転気液分離機(水電解用)
ISSの酸素製造器
ISSの二酸化炭素除去装置
CO2の還元、微量有害ガスの除去
ECLSSの分類
空気再生システムの例
空気再生のバリエーションと物質収支
月面を仮定したミッションコストの重量換算「ESM(Equivalent System of Mass)」
消費型と再生型のミッションコストの重量換算による損益分岐点
水再生(尿処理)熱交換器と気液分離機
ISSにおける水再生の流れ
宇宙船内の水と酸素のリサイクル
地球生態系
ロシアのバイオス3
アメリカのバイオスフェア2
日本の環境科学技術研究所
イネの必要代謝量実験
Gateway
アルテミス3:13ヵ所の着陸候補地
SELENE(かぐや)による月の縦孔の発見
縦孔利用の利点

🔵【特別学習】ECLSSの概要と研究テーマ

ECLSSは「Environmental Control and Life Support System」(環境制御・生命維持システム)の略で、宇宙に地球の環境を持ち込み、長期間滞在するために物質を再生・リサイクルすることを研究しています。生命維持の根幹は水と空気です。

宇宙空間での究極の目標は、地球から持参したものを100%リサイクルすることです。

人間の生命維持に必要な物質循環

人間は1日に約840gの酸素を吸い(体積で約600L)、ほぼ同体積(約600L)の二酸化炭素(CO2)を排出します。

飲用水はISS(国際宇宙ステーション)内ではシャワーや手洗いがないため、飲み水のみで1日2.5Lから3.5L程度が必要です。汗や吐息からも多量の水分が失われます。

酸素と二酸化炭素の循環
地球上では植物の光合成によって酸素が再生されますが、宇宙船内で人間1人を生存させるだけの酸素を供給するには、広大かつ大きな植物システムが必要となり、現状の宇宙船のサイズに収めることは簡単ではありません。

そのため、ECLSSの研究テーマは、植物の代わりにCO2から酸素を生成する機械を作ることです。

CO2除去技術
ISS内のCO2濃度は通常約4000 ppm(0.4%)で、地球上の約400 ppm(0.04%)の10倍近く高濃度です。

使い捨て型
アポロ時代から水酸化リチウム(LiOH)が使われています。CO2を吸着したLiOHは再生されることは無く、廃棄物が多く発生します。

再生型(ISS)】
ゼオライト5A(タイプ5A)を使用しています。ゼオライトは水蒸気が共存すると水蒸気を優先的に吸収するため、前段でシリカゲル(SG)により水分を除去し、乾燥したCO2を含む空気を後段のゼオライトで吸収します。その後、CO2で飽和したゼオライト5Aは加熱・真空引きされ、CO2は脱着して宇宙真空に放出されます。

酸素生成技術
酸素は主に水の電気分解によって生成されます。

ISSでは、CO2と水素(H2)を反応させて水とメタン(CH4)を生成するサバチエ反応(Sabatier reaction)が利用され、酸素の循環を作り出しています。

CO2 + 4H2 → CH4 (メタン) + 2H2O (水)

メタンは宇宙に捨てられますが、生成された水は電気分解され、酸素(O2)と水素(H2)となり、O2は再び呼吸に使用され、H2はサバチエ装置に投入されます。

完全再生への挑戦
サバチエ反応だけでは、メタンを宇宙に捨てているため水素不足となり、人間の必要とする酸素の約半分しか再生できず、残りの半分の酸素は、水として地球から補給する必要があります。

よりクローズドなシステムを目指すため、メタンを1000℃程度に加熱して炭素と水素に分解し、水素をサバチエ反応に戻す通称「サバチエ第2反応(カーボンフォーメーションと呼ばれる)」の研究が進められています。

これにより、必要な水の追加補給量を1日あたり1割程度に減らすことができます。この補給は、人間が吸った酸素のうち約13%が体内に取り込まれ(呼吸商)、CO2として排出されない分を補うためです。

水と廃棄物処理

水は、尿、クーラーからの凝縮水(結露水)、および洗浄水などから回収されます。

尿処理(UPA: Urine Processor Assembly)では、円筒状の容器に尿を入れ、遠心力で円筒内壁に液体を保持した状態で、陰圧下(51気圧、約70℃)で加熱・蒸留し中心部の水蒸気を取り出すことで、尿を蒸留処理します。

蒸留水にはアンモニアやアルコールが含まれるため、クーラーの凝縮水と合わせて多層フィルターや触媒反応、イオン交換樹脂などで処理・殺菌され、飲用水として再生されます。

宇宙基地のシステムと安全設計

ISSは、幅100m、縦70mほどのサッカー場ほどの大きさで、日本(きぼう)、ヨーロッパ(コロンバス)、アメリカ、ロシアのモジュールで構成されています。

日本の「きぼう」モジュールでは、空気調和装置により、温度・湿度の調整(エアコンの室内機のような役割)は行うものの、空気再生装置はなく、CO2除去やO2生成などの空気再生はアメリカやロシアのモジュールに依存しているのが現状です。

宇宙では熱が逃げにくいため、太陽電池と直角に設置されている白いラジエーター(排熱板)で積極的に熱を逃がす必要があります。

ISSの生命維持システムは、壊れにくいロシアの技術や、アメリカの装置と合わせて「トー・フェール・セーフ」(二重故障許容)という設計に基づき、同じ装置が3つ搭載されています。

ECLSSの選択
ミッション期間によって、ECLSSの種類が選択されます。

消費型
必要なリソースはすべて地上から補給する‥‥アポロのような短期ミッション(約1週間)

再生型
空気や水を再生する機能を有し、リソース補給量を削減する‥‥ISSや月面基地のような長期ミッション

自立型
植物、動物などの生物を含み食糧生産の機能を有す‥‥火星基地のような補給が期待できない極めて長期のミッション

システムの選択は、等価システム質量(Equivalent System of Mass, ESM)という手法で判断されます。これは、機器の質量だけでなく、体積、消費電力、排熱などをすべて重量に換算して比較する手法です。

宇宙居住の未来と応用研究

閉鎖環境実験
過去には、ソ連(クラスノヤルスクのバイオス3、1960~1970年代)やアメリカ(アリゾナ州のバイオスフィア2、1991~1993年)で、植物を活用した食料供給を含む閉鎖環境での長期居住実験が行われました。

バイオスフィア2の実験では、設計計算よりも多くの酸素が施設の構造物や微生物によって消費され、途中で酸素が追加されました。

月面・火星居住に向けたISRU
将来、月や火星での居住を考える上で重要なのがISRU(In-Situ Resource Utilization:その場資源利用)です。

月面のレゴリス(砂)の約半分は酸素(酸化アルミニウムや酸化ケイ素などとして)であり、1トンのレゴリスから500kgの酸素を取り出せる可能性があるため、月面のECLSSは、地球からの持ち込みリサイクルだけでなく、ISRUの要素が加わる点で地球周回軌道とは異なります。

月面基地候補地
月面では、放射線や昼夜の過酷な温度変化(昼100°C、夜-170°C)を避けるため、地下の溶岩チューブ(Lava Tube)への基地建設が検討されています。

溶岩チューブ内は、日陰であれば温度変化が少なく、比較的穏やか(夜-30°C、昼30°C)です。探査機「かぐや」のレーダー探査により、月の縦孔とそれに伴う50kmほど続く巨大なトンネルの存在が示唆されています。

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※こちらのレポートは動画を元に作成しました。
※桜井氏による確認済みです。

まとめ

ECLSS技術は、国立大学の共通テストで出題されたりするなど、一般にも認知され始めています。

植物を宇宙に持っていく場合、微小重力下では根が重力を感じて伸びることがなく、地球とは異なる成長をするものの、基本的には生育可能と考えられています。

酸素の消費量を極端に下げる手段として、動物の冬眠のような代謝を落とす研究や、高地訓練のように少ない酸素で活動できる体質にするという新しい視点からの発想も提案されました。

日本はISSでのECLSSの実績はまだ少ないですが、国内の環境技術は非常に高いため、ゲートウェイ計画など次世代の宇宙ステーションに向けて、CO2除去微量有害ガス除去といった分野で挑戦を続けています。

レポート作成:宇宙産業機構(2025.11)

メディア掲載

SPACEMedia様
https://spacemedia.jp/news/12718

桜井 誠人氏 プロフィール


【経歴】
1996年 早稲田大学理工学研究科応用化学専攻 博士課程修了
1998年 日本学術振興会海外特別研究員(ドイツブレーメン大学)
2000年 東京女子医科大学 医用工学研究施設 助手
2001年 航空宇宙技術研究所 入所
2003年 宇宙航空研究開発機構(上記改編)

【委員歴】
・日本航空宇宙学会 理事 フェロー
・生態工学会 理事
・化学工学会
・マイクログラビティ応用学会 理事

桜井 誠人氏 関連記事

アルテミス計画に向けた宇宙探査技術の研究
有人宇宙滞在技術(生命維持・環境制御技術)
https://www.kenkai.jaxa.jp/research/exploration/eclss.html

科学者と読み解く、「月世界」が描く夢の先
https://fanfun.jaxa.jp/jaxas/no091/02.html

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